さっきからおれのふとももの上を占領している男はなんの感慨もなさそうに大きな欠伸をしているばかりだった。ろくに興味もなさそうなファッション詩の、ただただ捲られていくページの上を彷徨っているであろう視線になんとも言えない心持でいると、途端にそんな自分が気の短いイヤな人間に思えてならなくなる。名前を呼ぶのは癪だけれど、深々とついたため息が何を表しているのか、きっとおまえは気づかないんだろうな、とか考えて少しだけ遣る瀬無い。なんだよこの野郎、という気になるけれど、それを口に出すこともない。窓のそとにはすっかり夕闇が迫り、そろそろ電気をつけなければとは思うのだけれど、この男のせいで動けない。あの悪人面(といっても、自分だってまるで同じ顔をしている)はすっかり無いものの様に息を潜めていた。
「グリード、おもイ」
口に出すと、ようやく雑誌を退かしておれを見たグリードはなんとも眠たげに目を擦った。そんなに心地よいのならベッドで寝ればいいのに。
「おまえ肉付きいいよな」
「はイ?」
「最近おんなだってこんな柔らかくないぜ。…多分」
あわてて多分、と付けたのはおれが睨んだからだろう。グリードはおれのいやなことだとか気にしているところだとか、平気で話すからイヤだ。そう、おれはグリードがイヤだ。いつもこんな風にひとを振り回して、喜ばせて落胆させて悲しませて、たまったもんじゃない。どうせおれ以外にも優しいこと言うくせに、おれがそういう素振りをすると殺すんじゃないかって勢いで怒られるのもイヤだ。こうして何気なく部屋で寛いでいたおれになんの断りもなく入ってきて、更に膝枕まで要求するなんて、ふてぶてしいにもほどがある。しかもそういうと決まって「おまえのほうがヒドい」と苦い顔をするんだから、おれとしては面白くない。足だって痺れてきたし(グリードの頭がとっても重いからだ)雑誌ばかり読まれてもつまらない。
「それ、面白いのカ」
「面白くはねーな」
「じゃあ読まなくていいじゃないカ。おれと遊ぼうグリード」
「一人で遊んでろよションベンガキ」
「おまえが乗ってるから遊べないんだヨ」
「うるせーやつだな」
そう言って雑誌を置いたグリードは尖った歯を口の端から僅かに覗かせて笑っている。おれがこうして近くにいるのが嬉しいんだな、よしよし、というわけでもなく、自分の所有物であるらしいおれに不自由をさせて楽しんでいる。なんて性格が悪いんだ、強欲のグリード。大体、おまえ少し肉付きがいいほうが好きじゃないか。前にそう言ってたじゃないか。まさか嘘だったとか言うんじゃないだろうな、嘘をつかないところがおまえの売りなんだろう。おれのこと好きなくせに、そうして意地悪そうに笑うおまえは、なんてイヤな奴なんだろう。そう考えていると、きれいなかたちをした腕が伸び、輪郭を長い指がなぞった。くすぐったくて、目を細める。
「なにして遊ぶんだよ」
「かくれんぼ、とカ」
「おれとお前で?」
「そうダ」
それはもう大真面目な提案だったのに、あっさりと却下したグリードはそのまま指を滑らせ、段々と不穏な様子を描いている。こんな時は大体良からぬことを考えているに決まっているけれど、べつにおれはグリードとのそういうのが嫌いじゃないし、むしろ好きだ。何せ若いし、そういうのは我慢したらよくないらしい。丁度ベッドに寄りかかっているし、そうするのは簡単だ。
夜のことと言えば、自分から誘ってみるときもあるし(というよりも、殆どがおれから求めているような気がする)こんなふうになんだかよくわからないうちに致してるときもある。しかしそう考えると、おれはきちんと夜のお誘いをしているのに対してグリードはなんだかんだで済ませるようなことが多いような気がした。というか、聞いたことがない。グリードから誘われたことがない。そんなことがあったらおれはきっと嬉しくて、それこそどうにかなってしまうと思う。言ってほしい。言ってくれないかな。
無意識のうち、あまりにも真剣な顔をしてしまっていたのか、スッと起き上がったグリードになに怒ってんだと言われるまでおれはそんなことばかりを考えていた。
「怒ってないヨ」
「本当か?」
「ウソつかなイ」
「おまえ変なとこで気い短いからなあ」
「おれ気長いと思うけド」
「そんなわけあるか」
お前に言われたくないと言い返そうとしたけれど、なんとも上手にキスをされてしまい、もう何も言えなかった。グリードは鈍いけど、誤魔化すのがうまい。エロいことするのも、うまい。おれがガキだからっていつも馬鹿にして、自分がそんなガキと夜な夜なとんでもないことをしていることは棚に上げて、ああ、考えれば考えるほど、イヤな奴。舌の入らない健全なキスはやわらかなリップ音を立てて終わった。間近で眺めると、なんだか睫が長かったり、意外と繊細な顔立ちのような気がして少し緊張する。恥ずかしくて呼吸すら躊躇うほど近くにいられると、先ほどまでの暴言がどこかに飛んでいってしまった。我ながらなんて都合のいい頭だろう。でもおれはやはりグリードが好きで困るくらい好きで、イヤなところだってかわいく思えるらしい。そんな自分がなんだかおかしくて、にんまりと笑いながらもじっと見つめると、先に視線を逸らされてしまった。意外と照れ屋。こういうところも、おれは良いとおもう。
「なんだよ、なんかおもうことでもあんのか。ガキなりに」
「そのガキのこと好きなくせニ」
「…生意気言うじゃねーかよ」
「否定しないのカ?おれのこと好きカ?おれは好きだゾ」
「いや、うん。分かった。分かったから」
「わかってないナ。おれはこんなに、」
「分かったって」
気恥ずかしそうに立ち上がろうとしたグリードにキスをしたら、それ以上のことももっとしたくなる。こういうふうに思ってるの、おれだけじゃないと良いなって思うけれど。

 

 

グリリンと膝枕

 

 

 



 

 

 

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