正午のベルが鳴り響くと途端に辺りはざわめきに包まれていった。黒板に向かう愚かしい鼾さながらの声なんか誰も聞いちゃいない。視線の先には、窓辺から差し込む光が鬱陶しいのか、本日四度目の寝返りを打った半身の姿がある。なんだってあんなに間抜けな面をしているのだろうとぼんやりと考えながら、喧騒と汗と性のにおいにまみれていく教室を抜け出した。まるで動物園のようだ。廊下を走り回る生徒たちの輝かしい生命の絶頂はおそらく今だろうと、そんなような気さえした。足は廊下の端、トイレ横の階段を登り始める。天気は良いし湿気もない。なにも持たずに歩くことは嫌いじゃない。









丁寧に開けられたドアから覗いたのは結局見慣れたあいつだった。他にいるわけもないが、ちらりと視線を投げると嬉しそうに手を振って寄越すそれがなんとも言えない心地にさせる。片手にパンパンに膨れたレジ袋をぶら下げて、そいつは隣に座った。このおれになんの断りもなく隣にすわるのなんてこいつぐらいだなと考えていると、早速惣菜パンの封を切り、大きなくちでそれに噛み付いていった姿がまあ可愛いかななんて、末期だとおもう。流石に。
「グリード、昼ごはん食わないのカ」
「見てるだけできもちわりーよ」
「あと、置いてくなヨ!おれ寂しかったヨ」
「おまえといると他のやつらに話しかけられるからなあ。それも殆ど貢物だろ」
そう言ってレジ袋を指差すと「そういう言い方はよくなイ」と眉を寄せたそいつは早速次の食い物に取り掛かっている。身長も体重もほとんど変わらないってのに、この差はなんだろうか。もしやこいつの胃袋は底なしなんだろうか。どこか恐ろしいような気もしたが、おれはやはり何も言わず、ただその様子を眺めていた。
いつの間に手に入れたのやら、リンが屋上の鍵を持って来たのは今から一月ほど前になるだろうか。それはもう鼻高々と自慢してきたものだから苛立ちを覚えないでもなかったが、あって困るようなもんでもない。それどころかこいつにしては中々良い行いだ。それからおれたちは昼休みの度にここに来てはメシを食ったり授業をサボったり、言えないようなことをしている。しかし、この年齢の生理現象、その発散方法としては頗る健全的であると言えるだろう。なにせリンは孕まない。愛もある。これのどこに問題があるのか、頭の出来が宜しくないおれにはよく分からなかった。リンはもう何も考えていないふうな顔をして押し込むように食事を続けている。同じ環境下で育ったもの同士であるのに、こいつのこの食への執着というのは目を見張るものがある。なにがそうさせているのかは知らないが、思えば本能的欲求のどれもが強い。食うことも寝ることもヤることも、多分並外れたものがある。こいつ以外の男と関係を持ったことがないものだからよく分からないが、その人ならざる行動は見ているだけで疲れさせる力がある。今だってそうだ。
「おいしいナー、しあわせだヨ」
「へえ良かったな」
「うン」
澄み切った青空のもとを風がブワブワと吹いていくと同じだけ髪を揺らしたリンは最後のパンを食べ終えた。よくもまあ、とも言おうとしてやめる。こんな会話のやりとりは耳にたこが出来るほどしてきた。喉を鳴らして炭酸水を飲み、それはもう爽やかな笑みを浮かべたそいつはおれを見つめるとただでさえ細い目を一層細めた。食事の次にはなにがしたくなるか。ほんとこいつってバカっていうか、本能に忠実っていうか。舌なめずりをして空になったペットボトルを置くと、フェンスに寄りかかりだらしなく足を広げ座るおれに跨って来たリンは甘えたように顔を覗き込んでくる。それがあまりにもわざとらしくて気持ちの悪いものだからつい罵倒しようとしたものの、そうすれば喜ばれてしまう。
「どうかしたかよ」
「わかってるくせにイ」
「さーな。わかんねーよ」
「そういうの、おれは好きだけド」
その瞳に覗くギラギラとした欲情の色は見てるこっちまで当てられそうな気を放ち、これ以上話すのも面倒くさいのが相まってすっかり対応を放置することにした。おれが諦めたのを確認すると足の間に無様にも四つん這いになり、手馴れた手つきでファスナーを下ろしにかかるリンを眺める。これがあのリン・ヤオかと思わないではない。成績も授業態度も常にトップで協調性とリーダーシップに溢れたあのリン・ヤオも蓋を開ければただの獣だとはどれだけの奴が信じるだろうか。まだ柔らかいおれの性器を躊躇なく口に含み丹念に舌を這わせ、わざと音を立てながら愛撫をするその姿はなんとも脳を腐らせていく。おれだって気持ち良いことは好きだしリンとのセックスもこういうふざけたじゃれ合いも好きだ。むしろいつだってしてえけど、こいつにそんなことを言えば本当にそうしてしまいそうなところが恐ろしい。底なしの欲望。このグリード様が言ってやるんだから、そこばかりは鼻高々にしても良いぜ、と口にすると脈絡のない発言に不思議そうな顔をしたそいつはそれでも咥えたまま興奮しているようで、おれのなんかよりもとっくに反応している自分の熱の捌け口を探している。
「フェラだけでイけたら、ご褒美やるよ」
「んあ、それ、ムリだっテ…」
でもご褒美ほしいナと言って見上げてきたリンは、その行動がおれにどんな威力を与えるか熟知している。こんなこと言って本当にイかれてもそれはそれで面白いが、仕方なく片足を曲げると嬉しそうに擦り付けて来た。それが滑稽だと思えないくらいにはおれはこいつに惚れてるし、こいつもおれに惚れている。絶え間なく腰を振りながら美味そうにしゃぶるリンが可愛くないわけがない。無意識のうちに頭を撫でると上目でこちらを見るリンは浮いた色を隠そうともしない。
「グリード、きもちいいカ?」
「中々良いぜ」
「おれも良いヨ」
先ほどのあの爽やかな笑みが嘘のようだった。おれ以外の奴はその外面に騙されていれば良いし、曝す必要なんかない。こんなにも健全な空の下で行う不健全は大層気持ちが良かった。昼休みの終わりを告げるベルが鳴ってもまるで気にした様子がない半身の頭を再び撫でる。ケツでも叩いたほうが喜ぶんだろうかと考えて、つい声に出して笑ってしまった。

  

グリリンと学校

 










 

 

 

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