「きみのことなんか」
唐突に口からあふれた言葉になによりも驚いたのはこのぼく自身だった。間抜けに口を開いたままこちらを見ている生き物は、まるで今この場に相応しいセリフを考えている舞台役者のようにも見えた。たまらず彼が行儀良くスプーンで飲んでいたスープに視線を落とす。このあとに続く言葉なんてなにも考えていなかったからだ。今日のスープは豆とトマトのスープだ。味付けも決して悪くは無い。つまり、美味しい。申し分がない、だとか言うのだろうか。
「…なんだ、ジョジョ」
「なんでもないよ」
「なんでもないのにそんな無礼なことをいうのか貴様は」
「なんでも、ないさ」
言葉を詰まらせたままスープを流し込んだぼくに、責めるような視線が注がれる。ひとつは目の前にいるこのわけのわからない生き物と、もう一つは物陰からジトリとしたものを寄越してくれるあの使用人のような男だ。テレンスという名前らしいが、何分彼が名前を名乗ったのはその一度きりであったから、もしや名前が間違っているかもしれないけれど、今更聞くに聞けない。普段はなにも言わないし関わってこないが、ぼくが彼の作った料理を適当な作法で食したりする時なんかには人でも殺すのだろうかと言った視線を寄越してくれるものだ。ほんの少しだけの申し訳のなさを感じながらも、きちんとスプーンを手に持ち、飲み始める。そうして渇いた笑みを向けると彼はようやく調理場へと顔を引っ込めた。ヴァニラ君が現れなかっただけでも良しとするべきだと自分に言い聞かせていると、不服そうな、それでいて楽しげな顔をした目の前の男と目が合った。爛々と輝く瞳が覗く。
「テレンスと隠し事か?楽しそうだな。わたしも混ぜてくれないか」
「秘密ごとなんかじゃあない、やめてくれ」
「ならば答えは出るだろう。あいつの血を煮たスープを飲むか、本当のことを言うかだ」
「…きみの、そういうところが嫌いなんだ」
「嫌い、嫌いか。ハッ!」
さも楽しげに顔を歪ませた彼はまるで昔のように思えた。ぼくの大切なものたちを奪いつくしていった人間、ディオ。ついには人間じゃなくなっても、彼はなにも変わらなかった。苛立つぼくの姿を見ることがなによりも好きなんだ。
「甘美な響きだな、ジョナサン。わたしのことが嫌いだと、そう言いたかったのか」
「分からないよ。きみのことはもちろん嫌いだけれど」
「嫌いな相手と寝食を共にするのが貴様の言う紳士か」
「きみが勝手に、一緒にしてくるんじゃあないか」
「ならば一人で眠ってみるか?」
ククと押し殺しきれなかった笑みを残したままこちらを見る彼が憎らしくてたまらなかった。そんなことをすればたちまちぼくはただの冷たい肉片へと成り下がるだろう。もちろんぼくをやっかむ者達の手によって。
「ぼくは、それで良いんだ」
「貴様がそう思っているうちには、そんなことは起こりえないがな」
「ぼくを生かして、きみは満足かい」
「しつこい奴だな。この手の話はし尽くしたと思っていたが」
「…もういい、ぼくは部屋に戻る」
「待て」
たまらず立ち上がったぼくを制した彼はなにやら得体のしれない威圧感でもってぼくの体をそのまま押しつぶしてしまいそうだった。動くことが出来ず、睨み付ける事しかできないでいる自分が情けなくて涙が出そうだったけれど、そんなことをすれば彼がどれだけ喜ぶことだろう。ぼくはただ彼に生かされたまま、なるべく感情を押し殺して生きていくしかないんだ。
「おれには、お前が必要だジョナサン。そしてお前にもおれが必要だ」
他の誰でも無い、このおれが、と笑うそのおぞましさよ。神でも悪魔でもなんだって良い、一刻も早くこのおかしな生命と定めに終止符を与えてくれ。そうでなくても、もう遅いのだから。
離別と破壊の味を占めたこども
 

 

 

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